師走祭り(御神幸祭) - 宮崎県美郷町南郷区 -
このページでは「師走まつり」のハイライトとも言えるであろう「迎え火」の写真を紹介します。
タイトル画像は、文化財登録名称の「日向南郷神門神社・木城比木神社の師走祭り」と書きましたが、今回紹介する「迎え火」の開催される場所は、東臼杵郡美郷町(みさとちょう)南郷区です。
《New》- 美郷町によると、令和6年(2024年)の師走まつりは、1月19日(金) - 1月21日(日)の3日間の日程で開催予定とのことです。
私の記憶では・・雨になった事はないのですが、今年(2024年)は天気が気になります。
➡ 美郷町の天気予報
- 2022年2月、このページの写真をほぼ差替え、内容も更新リニューアルしました。
百済王の亡命 親子の一年に一度の再開 師走祭り
#師走祭りは 西暦660年、朝鮮半島の
百済が、唐と
新羅の連合軍に攻め滅ぼされ、663年百済再興の戦いにも破れ、多くの王族、部族は日本の畿内へと亡命した。
その後、7世紀から8世紀中に日本に頻発した政治事件によってこの地、現在の
美郷町と木城町に百済の王族が亡命した、という伝説を基に構成された祭りです。
百済の王族であった父親の
禎嘉王は現在の日向市の金ヶ浜に漂着、その後、美郷町南郷区神門へ、息子の
福智王は現在の高鍋町の
蚊口浦に漂着、その後、木城町に住み、亡くなったのち、それぞれが神として美郷町の
神門神社に、木城町の
比木神社に祀られました。
師走祭りは木城町の比木神社に祭られている王子・福智王のご神体が、父・禎嘉王を祭る美郷町の神門神社まで年に一度巡行面会に来るというものです。
起源は室町時代か、それ以前
この祭りがいつの時代から始められたのか、詳しいことはわかっていないようですが、江戸後期の『筑紫日記』や『高千穂採薬記』には記載されており、すでにそのころには行われていたようです。
"江戸中期、比木は高鍋藩、神門は延岡藩、神事途中の坪谷は幕府領であったので藩域を越えて祭りが行われたということになる。
祭りの起源を江戸時代に想定することは、越境などを考慮すると困難で、両神社がある児湯郡と東臼杵郡を同じ領主が支配していたのは、中世、日向国の中北部を領有していた都於郡伊東氏で、
師走祭の起源は室町時代か、それ以前まで遡るのではないかと考えられる。"(
比木神楽 百済王族祭祀と高鍋神楽の広がり / 前田博仁著)
旧暦の「師走」に9泊10日で行われていた
昭和23年(1947)ごろまでは、片道90キロの道程、9泊10日を巡幸しておりました。
旧暦12月、すなわち師走に執行されるので師走祭りと呼ばれております。
昭和23年前後より一部の行程を省略、その行程のほとんどは車を使い移動、旧暦12月14日から16日の2泊3日に短縮。
現在は1月下旬の金、土、日の3日間に行われている。
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
美郷町南郷区の神門神社と木城町比木神社のニ社合同、行政区をまたがって神幸する祭りは他に例をみないの祭りであり、民俗的にも価値のある祭りであるということで、
平成3年(1991)、文化庁はこの祭りを「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択しております。
師走祭りの日程
迎え火
比木神社の氏子18名がご神体を担いで同神社を出発、日向市金ヶ浜で禊(ぎ)の行事の後、東郷町中水流の伊佐賀神社で出迎えの神門神社の一行と合流、中水流の伊佐賀神社の祭典の後、徒歩で百済の里(美郷町南郷区)に入る。
父禎嘉王の墓と伝えられる塚の原古墳にて名木(なぎ)の氏子に迎えられ、祭典の後、和やかな交歓の場、直会(なおらい)が催されます。
田の中に設けられた二十数基のやぐらやたき物に点火され、迎え火が燃え上がる中、神幸は父の待つ神門へと続く。
この火の饗宴は、故事によれば王を護った火と煙の再現であると言われています。
禊(ぎ)の行事
神門神社の森の見える約200メートル手前の観音淵にて行われます。
昔、衣類が濡れたという伝説により、衣淵とも呼ばれます。
下りまし
第3日目、神門を出発して比木へ還るのを「下りまし」と呼びます。18名の一行が一の鳥居を過ぎ、遠く比木へ去り行く神幸を、炊事道具などを手に持ち高く振って「
オサラバー」と声を上げて、別れを告げる。
(オサラバーの「サラ」は韓国語で「生きていて、また逢おう」という意味との事です。)
師走まつりの見どころ
(※時間は目安です。)
一日目(金)
15:50頃 塚の原古墳での神事・野焼き
17:30頃 衣渕でのみそぎ
18:00頃 迎え火
二日目(土)
15:00頃 ドンタロ塚での神事
16:00頃 小丸川岸での洗濯行事
19:00頃 - 24:00頃 神楽
三日目(日)
11:00頃 境内でのヘグロ塗り
11:30頃 一本鳥居でのお別れ「オサラバー」
師走祭りのハイライト「迎え火」
師走祭りのハイライトは、一日目、金曜日に行われる、高さ10mm、約30基の櫓が燃え盛る「迎え火」ではないでしょうか。
「塚の原」で神事を行った御神幸の一行は、畑の中で燃え盛る「迎え火」の中を通り、神門神社へと向かいます。
福智王の御神体(
袋神)を奉じる比木神社の御神幸が続く
御神幸は父の待つ神門へと続く。
以前は、櫓ではなく 野焼きだったようです。
この火の饗宴は、故事によれば王を護った火と煙の再現であると言われています。
お付きの儀 神楽奉納
迎え火の櫓など
青竹で作った5m程の櫓の中には木の枝を入れその上に杉の枝を差している。
迎え火が燃え盛る時間は、概ね30分程度だったと思います。
迎え火の後、田んぼでは、あちこちで
直会(飲み会?)が行われておりました。
師走まつりは何度か見学しておりますが、燃え盛る炎の中、御神幸行列を近くで見たのははじめて、天をも焦がすような炎、櫓に入れてある生竹が裂け破裂する音、降り注ぐ火の粉、遠くで見るのとはまた違った体験でした。
田んぼの中から見学する際には、降リ注ぐ火の粉対策でフードのある上着が良いです。上着はダウンウエアなど化繊系の熱に弱い上着は穴か開いたり最悪着火する可能性がありますのでやめておいた方が良さそうです。
師走祭り(迎え火)アクセス・地図等の情報
住所:宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区神門
地図:
GoogleMap Mapfan Mapion
(501 474 719*88)
緯度経度:32度22分54.89秒 131度20分0.51秒(日本測地系)
駐車場:西の正倉院・百済の里無料駐車場など付近の駐車場を利用(現地案内に従ってください)
禎嘉王の墓と伝わる「塚の原古墳」(宮崎県指定文化財(史跡))にある像
福智王・禎嘉王・華智王(二男)
この像は、宮崎県商工会議所連合会が、神話・伝説による地域づくりのモデルとして、主にひむか神話街道沿いのゆかりの地に、日向神話にまつわる神々や、その土地にまつわる方の像の設置を行なったものです。
(ちなみにブロンズっぽく見えますがFRP製だったと思います。)
神門神社御陵 塚の原 祠と鳥居
塚の原古墳(宮崎県指定文化財(史跡))は円墳で、禎嘉王の墓で、自刃した官女数十名も埋葬されているとの伝えがある。
概要:東西10m 南北10m
前方後円墳の形をとっていた。
➡ 塚の原古墳の地図(Google Map)
福智王は比木神社・弟の華智王は伊佐賀神社に祀られている
福智王墓と伝える五輪塔が、比木神社鳥居の南東50m程のところにある。
福智王の弟である華智王は追手に討たれ、伊佐賀神社に祀られている。
「師走祭り」全3日間の日程詳細
※ 黄色太字は 師走まつりの見どころ
※ 過去の記録(あくまで目安)です。最新情報は公式サイトでご確認をお願いします。
- 【祭事番号】 【時間】 場所 巡業祭事
概要解説
一日目
- 【1】 【AM 8:00】 木城町比木神社 出発
比木神社に集まった神職以下18人が神門へ出発する。
- 【2】 【AM 8:50】 日向市金ヶ浜 海でのみそぎ神事
神門の父王(禎嘉王)が漂着した金ケ浜ての神事.神職海中てみそぎ。
- 【3】 【AM 11:10】 東郷町 卸児 祭典・神楽
王族入村のおリー行の中に赤ちゃんが誕生したという塚「だごみや」て神事。
- 【4】 【PM 1:00】 東郷町・中水流 祭典・昼食
神門に近づいた比木の一行は.田中家て昼食をとり.神門の一行を待つ。
- 【5】 【AM 12:00】 南郷区小又吐 小丸川での神事・昼食
あぶら田渕にて出迎えの神門一行は昼食をとる。
- 【6】 【PM 2:00】 東郷町中水流(伊佐賀神社) 祭典・神楽
次男 華智王を祀る伊佐賀神社にて二社が合流.神事が行われる。(追打軍との戦いのあった古戦場)
- 【7】 【PM 3:00】 南郷区下名木(塚の原古墳) 祭典・神楽・直会・野焼
伊佐賀て合流した一行は神門を先頭に、一路.王の墓といわれる「塚の原古墳」へ。神門の村人の出迎えを受け.式典と神楽.村人との直会のあと出発。敵の目をくらますため野に火を放ったという故事にのっとり野火.昔の道をたどる。
- 【8】 【PM 4:00】 南郷区米上祭事跡 一拝
- 【9】 【PM 5:00】 南郷区石田(衣渕・田原家) みそぎ 祭典
小丸川で一行は再度みそぎをする。神門神社の見えるこの位置から神社を遥拝するかたちて祭典が行われる。
- 【10】 【PM 5:55】 南郷区南郷中グラウンド内(塚跡地) ご神体の笠とり
父王を祀る神門の社に入るにはここで比木の御神は笠を取らねばならない。昔塚のあった場所がその儀式の場所.ここからは昔の道を通る。
- 【11】 【PM 6:00】 南郷区小路前田 ごあいさつ迎え火
行列は神門の地主権現へごあいさつ。高さ10mにも及ぶ迎え火の炎、30数基の火の中を行列は神社へ向かう。
- 【12】 【PM 7:00】 神社境内 二番目の鳥居 鳥居神社
神門境内てのお着きの儀。
- 【13】 【PM 8:00】 神社本殿 到着
夕やみの本殿にようやく到着。ご神体をおさめ.御小屋を清めて一日が終わる。
二日目
- 【14】 【AM 10:30】 神社本殿 ご神体・お衣替え 神事
白い内衣型の上着.顔っぱいの白マスク.神門.比木の両社の宮司だけが本殿に入る。
- 【15】 【AM 12:00】 神社本殿 昼食 神楽道具作り
お衣替えのあと夜神楽の道具準備。昼食(昔から餅のみときまっている)】
- 【16】 【PM 2:00】 神社本殿 祭典
本殿にて祭典。
- 【17】 【PM 3:00】 ドンタロ塚 祭典
王を助けた地元豪族ドンタロさんへお礼としいわれる祭り。太鼓のドンを合図に「オー」弓の将軍神楽。
- 【18】 【PM 3:00】 山宮さま 神事・神楽
家畜、農事の神事神楽奉納。
- 【19】 【PM 4:00】 小丸川岸 洗濯行事
王の衣類を洗濯したという故事にならう。
- 【20】 【PM 4:00】 小丸川岸 川原で野焼
川の土手一面の枯草に火を放つ。
- 【21】 【PM 4:00】 石塚 川原から石塚へ
神職伶人.氏子みな石2個を川原より拾い石塚へ運ぶ。何百年も続く行事.石が増えない石塚。
- 【22】 【PM 5:00】 神社本殿 社殿を3回まわる
社殿を静かに3回左回りし.石段を下り.石の鳥居て引き返すデモンストレーション。
- 【23】 【PM 7:00~PM12:00】 境内地(御神屋) 夜神楽
夜神楽(高鍋神楽)18番。優美、優雅なものから.ユーモラス.エロチックなものまて多彩てある。神楽御神屋は笹竹葺き.3隅のいろり、ふるまわれる焼酎.神楽せり唄。
神門神楽番付(過去の例) |
一、壱番神楽 二、花の手 三、大神舞 四、子供神楽 五、将軍舞 六、鬼神舞 七、磐石舞 | 八、振上舞 九、舞い上げ 十、練舞 十一、寿の舞 十二、手力雄舞 十三、繰卸舞 十四、神送舞 |
三日目
- 【24】 【AM 10:30】 境内地 お別れ式
お別れ食事。神前の魚の塩焼きを箸てまわしながら食する儀式。
- 【25】 【AM 11:00】 境内地 ヘグロ塗り
別れの悲しみを隠すためにヘグロを塗ったといわれる。出発準備。
- 【26】 【AM 11:30】 神社本殿 祭典
最後の祭典。
- 【27】 【AM 11:30】 一本鳥居 お別れ行事
“くだりまし”比木神社が先頭に立ち,行列は動き出す。婦人たちは、炊事道具を手に手に送る。横に3歩ずつ歩きながら「オサラバー」。
- 【28】 【AM 12:00】 南郷中グラウンド内(塚跡地) 両社お別れ笠つけ
笠取り塚にて最後のお別れがしめやかに行われ.御神体に笠を付け国道に出る。
- 【29】 【AM 12:00】 米上 洗顔
塗られたへグロを米上集落の当番の家ておとし.茶を一服する。そのまま一路比木へ。
師走まつり 関連資料
令和6年(2024年) 師走祭り案内リーフレット(美郷町発行)
師走祭り 関連リンク(外部サイト)
神門神社と百済王伝説(宮崎県サイト「みやざきの神話と伝承」)
日向百済王伝説(個人:
ワシモ(WaShimo)のホームページより)
動画 (Youtubeへリンク)
師走祭り(美郷町)
迎え火 ドローン空撮(美郷町観光協会)
〔写真家の方へ〕
師走祭りの「迎え火」は、写真家にとっても大変魅力ある被写体なので、平日(金曜日)にも関わらず例年多くの写真家が県内外より訪れます。
御神幸が通る際は道に出ないようお願いします。
今回も数名、こういう方がいらっしゃいました。
このあたりは、どこの祭り、いろんなシーンでも共通しますが、他の方の邪魔にならないよう、気配り目配り、マナーを守り、気持ち良い見学、撮影をしたいものです。
関連話題として
➡ 高鍋神楽(比木神社神楽)ページも是非ご覧下だい。
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師走祭り(迎え火の写真を中心に紹介) - 宮崎県美郷町南郷区
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