高屋神社 (宮崎県宮崎市)
彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト)神陵伝承
村角高屋神社 鎮座地:宮崎県宮崎市村角町
アクセス MapionMap
GPS N=31.57.3 E=131.27.3辺り
御祭神 彦火火出見尊、豊玉姫、景行天皇
由緒 (境内案内板より)
神社に関する縁起並びに棟木等によれば、人皇八代後陽成天皇の御宇慶長16年(1613年)紀元2273年に社殿の改造の棟木あり、又、神官の系図により仁明天皇の嘉祥2年(849年)
紀元1509年に神官となりし事記載有、このことによって、その由緒が伺える。
更に 神社の西方に小高き処あり、彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト)の山陵と言伝う。
即ち日本記に言う日向の高屋の山陵に葬るとあるは即ち是なり、鵜戸山寺建立並びに再興年代録に景行天皇筑紫に座すこと4ヵ年日向宮崎郡村角と言う所、天皇仮皇居地の霊山なり、高屋という。
神武天皇社(現在の宮崎神宮)に近し、日向五郎八院旧元集に景行天皇がこの高屋の宮を定めて功臣武内宿称をして、彦火々出見命の山陵を定めて鎮祭し高屋八幡宮と言う記録がある。
右御陵より約50m北方に母場御前という処有、そこは火々出見命御降誕のとき竹刀で臍の緒を切った後その竹刀を投ぜ給ひし処で、中古までは其の辺りに孟宗竹ありしも、今は絶えてなく明治8年12月開墾して、むら役詰所の家屋を新築せり。
北西の約100m隔てて、宇安尊と言う処有、火々出見命御降誕あらせ給いし処と言い伝う。
東の方50m程隔てて胞之尊と言う処有、火々出見命の御胞を納め奉りし処と言い伝え、今は宅地となりしが其の庭中に高屋神社祭典の節は御奉納所と申し奉りて奉幣する処有、
また、天神川、御手洗川という川あり、天神川は火々出見命に献る御飯を炊きし処と言い伝えて村民この川上の水口にて手足を洗うことなし。
御手洗川は天神川の下流で同命御降誕のとき鹿葺津比賣命が臍の緒を切って御手を洗い給いし処と言い伝う
右の外に中尊、橘尊、京尊、高尊、ウ尊、クモ尊、正政所、助政所などと称するところがある。
祭典の日 神輿東方松林の内に行幸し給う行宮所あり。
この所は仮の皇居と言い、又、当宮を西方へ600mの処に犬ヶ城と言う処有、狗人の住み給うところなり、即ち火酢芹命の旧地と言い伝えられる。
例祭11月23日
【情報】 宮崎県総合博物館 民家園「椎葉の民家」の庭で、高屋神社神楽公演
平成25年12月8日(日)午前10時から午後3時まで 神楽の解説と公演を行うそうです。 → 詳細
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